日本産業保健法学会 広報委員会有識者インタビュー 岩出先生 (広報 on HP)

弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所の岩出誠弁護士にインタビューを行いました

日時      令和4年3月24日
インタビュイー 岩出 誠 先生(弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー弁護士)

インタビュアー 田中克俊(北里大学大学院産業精神保健学教授)
        井上洋一(愛三西尾法律事務所弁護士)

          

<はじめに>

田中 本日はお忙しい中有難うございます。岩出先生とは、最初の電通事件の最高裁判決が出された頃だったと思いますが、私が東芝で産業医をしていた頃に、全社の産業医や人事担当者に向けて法的な視点から健康管理の在り方についてご講演いただいた時からのご縁です。先生からお話いただいたおかげで、それ以降産業医と人事とで共通認識ができて連携がスムーズになりました。有難うございました。

岩出 恐縮です。

田中 あの当時は、我々が読んでわかるような法律の本がほとんどなくて、先生の『法令・判例による社内トラブル解決法』(大蔵財務協会刊1994)や『社員の健康管理と使用者責任』労働調査会刊2004)が、大変貴重な教科書でした。その後も、先生は、労働安全衛生と法に関するたくさんのご著書を著されていますが、先生が産業保健の問題に関心を持って取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?

 

<過労死事件を扱う中で産業保健に関心が>

岩出 産業保健に関しては、電通事件の前に過労死の問題がありました。過労死事件であった実の従妹の労災申請や友人の上司の長男の過労死事件などを扱っている中で、たまたま健康配慮義務についての執筆依頼があり、それについて色々と調べているうちにさらに電通事件が重なってきてより深堀りすることになったという経緯です。また、もともと大学院時代から労災を修士論文のテーマとして研究してきましたから、それもあると思います。

 

<職場の健康問題―法の関与のグレーゾーン事例が増えている>

田中 以前は、過重労働による自殺事案がメンタルヘルスの中心的課題でしたが、最近の職場の健康問題として何が大きな課題とお感じになっているでしょうか。

岩出 統計的にもそうですし、現在進行中の案件も含めて感じているのは、パワハラなどのハラスメントですね。実際には、パワハラかどうか曖昧で、上司の指導的な要素も入っていたりして、精神障害の認定基準で言いますと弱とか中レベルの案件がけっこうあります。グレーゾーンというか、中とか弱のものが重なっていってうつが発症して最悪の事態になったりする、あるいは休職してしまうケースがかなり増えているという気がします。従来は、それほどシビアな出来事ではないといわれていたケースでも、業務性があるといって訴える、そういうものが最近ではかなり増えています。

田中 メンタルヘルスの問題については、本人の認識や客観的な事実、会社の主張がそれぞれ食い違うケースも多いですよね。

岩出 おっしゃるとおりです。社内調査の結果ではまったくハラスメント性がない、労働時間でも月に40時間、50時間未満とか過重性はないという案件でも、労基署が入ると違った事態に展開するようなことがたくさん出てくることがあり、企業が把握しきれない部分が実際にはあります。そのへんは通報窓口がしっかりと機能してないと全部は解明できないという気はしています。

田中 先生は企業側や労働者側双方の立場で関わっていらっしゃいますが、業務上かどうかわからないグレーゾーンのケースでは、どうすれば一番上手くまとまると言いますか、問題をあまり拡散させないで問題解決がはかれると思われますか?

岩出 グレー度が高い時には、むしろ労災を認定してもらい、補償してもらって示談に持ち込むような進め方をしています。大企業ですとそういうケースが結構あります。認めるべきは認めて、和解を早くやる。レピュテーションリスクはかなり高いですから。最後まで絶対に争うということも中にはありますが、なるべく法を表に出さない。かなり衝撃的だったのは、最近のトヨタのハラスメント和解とか、自殺事件がありましたね。ああいうものはかなり影響を与えています。解決の方向性とか再発防止措置の条件とか、遺族側の代理人が言っていること、強調していることなどがだいぶ最近の和解事案でも重視されていると認識しています。

 

<労働事案の予防の観点らも就業規則の整備を>

田中 そうした紛争を予防するために普段から準備しておくべきことは何でしょうか? 

岩出 もちろん過重労働は当然防止しなければいけないことです。実態が把握されていないこともあるのできめ細かく客観的に把握することが必要です。

それと先ほどのハラスメントのケースなどグレーゾーン的なところがありますが、ストレスに弱い方にとっては通常の指導的な内容のものでもかなりきついこととなることがあるので、上司としてコーチングのスキルを上げるなどの工夫が求められているという気がしています。

田中 以前先生にご講演いただいた時に、トラブル防止のためには、もう少し就業規則や社内規定を整備する必要があるとご指導いただいたのですが、現在企業ではそうした整備は進んでいるのでしょうか?

岩出 労働組合との調整などで難しいところはありますが、私が関わっている企業では、問題があるところは見直すようにしています。具体的には、休職の入り口や出口のハードルがかなり高い場合にはそこをもっと下げるようにしています。また、休職の入り口、出口や欠勤が重なるような場合の受診義務の規定とか、休職中の中間報告義務とか、あるいは出社・試し勤務規定、復職後の再発の場合の通算規定とかの整備は積極的に進めているのですが、まだそうした整備が出来ていない会社もたくさんあります。
 それから、これはまだ対応していない企業が多いのですが、定年間際に休職に入ってしまうケース。こうしたケースでは休職期間があるだろうと言って、定年後再雇用を求めてきます。それは少しまずいのではないかと思っていて、私は「定年到達時に復帰できない時はそれで終わり」という規定を作るよう指導をしていますが、実際にこれは判例に照らしても通るはずです。休職期間を延長して再雇用しているところがありますが、これは休職が解雇猶予措置として理解されている観点からおかしいのではないかと思います。再雇用規定をクリアに規定しておけば、再雇用後の休職期間は通常1~2年程度ですからそれで終わっても構わないのですが、そういった事態にならない制度を作ってなるべくリスクを減らすようにする。今後高齢労働者が増えてくる中、こうしたケースを抱え込んでいくとますます企業のリスクが増えてしまうので、必ず直させるようにしています。

田中 根拠となるルールや規則をきちんと決めておくということが大事なんですね。

岩出 非常にやさしい会社では1年ぐらい有給欠勤があって、そこから休職期間に入る。あるいは半年ぐらい有給で、段階的に下がってきて、その欠勤が終わった時に休職に入る。休職期間も長い。長いところは3~4年ぐらいですが、そこまでめんどうをみる必要はないだろうと思っています。ただ今までが3年だったのが一挙に1年半にするのは不利益があるので、そこは気をつけながら、もし改正できるのならチャンスがあればやっています。

 

<障害者雇用に関する問題と対応>

田中 最近では、障害者雇用に関して、合理的配慮の範囲などどのような規定を作れば良いか悩んでいる企業も多いと思うのですが、先生は障害者雇用についてはどのようなアドバイスをされることが多いですか?

岩出 まず2つあって、最初から障害者雇用として入社された方の場合と、入社後障害者になった方の場合です。最初から障害者として入社された場合は、最初にどの範囲まで配慮するかを固めておいて、それを超えるぶんは過重な負担になるので、そこは避けるよう整理をしておくのが望ましいと思います。即ち、過重な負担を強いるようなものであれば、それで「サヨナラ」とできるような体制として、過重な負担になる場合には、「雇い止め」できる体制を整備しておけば、企業としてのリスクは減らせるのではないかという気がします。それはある程度分かって、障害の範囲でこちらもやっているのですから過重な負担まで負う義務はないと思います。ところがその詰めが足りない企業が多いのかなという気がしています。
 途中でなった場合は、昨年の学会の模擬裁判で問題になりましたが、職種等によって、周囲が対応しきれない障害に進んだ段階での過重な負担がある場合は、解雇に進むこともあり得ますから、そのへんの兼ね合いで、何をもって過重な負担かという判断になる。模擬裁判の時には、発達障害者が職種限定の企業内弁護士だったので、本来は、比較的合理的な配慮の観点からは過重な負担を主張しやすかったのではないかという気がします。しかし、そういうことも詰めていき対応するようにします。過重な負担か否かを規定化するのはなかなか難しいのですが、これはその運用だと思います。

 

<労働裁判判例の読み方-労災認定基準と就業規則等は目安になる>

井上 弁護士として労働事件の裁判例を読んでいると、具体的な事情の違いとか、その事件の筋のようなものを読んでいかないとだめだと思っています。つい飛ばしてしまいそうな細かい部分、素朴な疑問や違和感といったものまで、地に足をつけてしっかり考えて判例を読んでいかないといけないなと感じていまして、労働判例の読み方は難しいなと最近思っているところです。本学会の構成メンバーは、産業医の先生や産業保健職、社労士、人事労務の方が多くて、ふだんはそうした裁判例の細かい部分までは読まない方が多くおられるのですが、そういう方がこれから研修会等で裁判例に触れていく時、どのようなところに注意して裁判例を読んでいくのがいいか、何か先生のお考えをいただけるとありがたいです。

岩出 事案に踏み込むと、非常に多様であって、個別具体的な判断をしているというのが正直なところ実感です。ただそうは言いながらある程度、目安や焦点はあります。その焦点のつけ方には基準があって、そこを押えながら事案の整理をしつつ分析をすることです。メルクマールを示さないと、とくに法律家ではない人はなかなか読みにくいでしょう。そのひとつの目安になっていると思われるのが労災認定基準の心理的負荷評価表に整理されている色々な判断要素です。精神的な負荷などに関して、裁判例もこうした要素に影響されている部分があると思っていて、そうした分析をしながら当てはめていく。 
あとは就業規則等の規定の整理です。規定が違うと当てはめも違ってきますし、規範が違ってきますので、その部分は重要なテーマかと思います。端的な例を挙げると、最高裁まで行った有名なメンタル系の諭旨解雇事件(日本ヒューレット・パッカード事件・最二小判平24・4・27労判1055号5頁)がありましたが、この事件では就業規則には受診規定があったのにこれを有効に利用しなかったという点が問われて、結局、諭旨解雇が無効になっています。その後、職場復帰した後も症状は変わらず、結局、最後は解雇になりましたが、膨大な時間と経費、労力がかかっています。受診と休職などの手続きがあるのにやらなかったというところが問われました。ですから、会社にはどういう規範があって、どのように運用しているかというところも問われてくると思います。
あとは先ほど出ました障害者については、障害者として認識していたのか否か、途中で認識したらどうかといったところが要素となりますが、そこは判例をある程度読み込んで整理していくと、それなりに整理された先例が出ていますし、論点が分かってきます。ただ、産業保健職の方は、判例全部はとても読みきれないですから、この点は今まではこうなっているが、本件とはここが違っているなどと整理してあげると分かりやすい。自分が担当した案件と自分が関心のある案件と似ている判例があればどこが違っているのかということを、顧問弁護士がいれば聞いてみればいい。そういうことをしながら進めていくしかないかなという気はします。

 

<産業保健職におけるリーガルマインドの理解のために>

井上 ありがとうございます。あと、私が産業保健職の方と話していると、法のイメージというのは刑法的にとらえているように感じて、なにか「やってはいけない」とか「やると罰を受ける」というようなイメージで法をとらえていらっしゃる。しかし、実務の世界は規制法だけではなく、利益を考慮したり、様々な権利関係のバランスをとったりというような、もっと色々と広いリーガルマインドがあると思うのですが、このような視点を産業保健職の方に理解していただくには、先生はどのような取り組みをしてくのがいいと思われるでしょうか。

岩出 安全衛生とか健康管理では、たしかに労働安全衛生法とか各種の指針が出ていますが、どちらかと言うと「安全配慮義務」という民法的な世界が中心になってきます。そうした部分があって、復職できるかできないかというところが出てきますし、それが色々なところに影響してきますので、そこから入っていく方が実践的かなという気がします。ですから、まずは健康配慮義務の観点から、どこのポイントを押えていくのがトラブル回避に役立つか、仮に何か起こった場合でも損害の拡大を防止できるかということを理解してもらうのが良いのではないでしょうか。

井上 ありがとうございます。

岩出 ただひとつだけ言っておくと、私は東京弁護士会の労働法制特別委員会に入っていて、そこの中には企業の顧問の人やインハウスローヤーなどがいるのですが、彼らが言っていたことは、厚生労働省の『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』は実践的でよく使っているとのことです。あれを使うことによって、メンタルになった方も納得しやすくなる場合もあるし、仮に係争化した場合もエクスキューズと言いますか、ある意味でやるべきことは尽くしたということになりやすいので、あれは法律的な根拠はないと言えばないのですが、一応目安にはなっています。参考までに。

 

<法務関係者に労働事件への関心を深めてもらうためのアプローチ>

井上 ありがとうございます。本学会のメンバーが産業保健職や社会保険労務士の方が多いという反面で、まだまだ弁護士会員と言いますか法曹会員が少ないということがあります。労働事件の世界は何か専門性が進めば進むほどやはり弁護士も労働者側と使用者側に分かれる傾向がありますが、本学会は労働者側でもなければ使用者側でもなくて、その架橋をめざすと言いますか、紛争になる前の予防をめざしているのですが、そういう理念を持つ学会が、使用者側と労働者側に分かれてしまっている弁護士層に学会に興味を持ってもらうには、どういったアプローチがよいでしょうか。

岩出 実は先日、先ほど言いました東京弁護士会労働法制特別委員会で「労働法をどのように学んだらいいか」というテーマのシンポジウムのようなものがあったのですが、その時に私はこの学会のことを紹介しました。メンタル関連労使紛争に関与する際に、どのような文献があるかなど、弁護士もかなり悩んでいますので、この学会でじきに学会誌が発行されるとか、すでに出ている三柴丈典先生の論文とかを紹介したところですが、弁護士の方にも知りたいというそういうニーズはありますので、そういうことにアプローチしていけば良いと思います。ぜひ学会の方から弁護士会にアプローチをかけて色々されるといいのかなというように感じています。

 

<予防法務の果たす役割は大きい>

井上 ありがとうございます。私から、もう一点、法律というのは事後的に裁くのがもともとの目的でしたから、法と予防というのはやや相性が悪く、予防法務を理解して予防の制度設計をしていくことは難しいという話しもあり、また現実的な面で予防法務はお金にならないという声を弁護士から聞くことがあります。私も田舎のマチ弁なのですが、中小零細企業の方に予防の話しをしても、なぜ予防のために弁護士にお金を払うのだというような態度をとられることもあったりして、なかなか予防法務というのは難しいということを常々感じているのです。そういう中で予防法務の価値を訴求していくにはどのようなスタンスが必要になるでしょうか。

岩出 私は予防法務の果たす役割は大きいと思っています。実際に冒頭の話にも出ましたが、メンタル系の休職関係については、今現在、大企業でも遅れていますから、ここがまずポイントです。それからあとは労災の上積み補償の問題です。これもけっこう整備されていないことがあるのです。上積みのつもりでお金をいっぱい出しても、それが規定の仕方によって損害の補填とされないとかが起こります。けっこう判例も分かれていますので、補填規定をしっかりしていないといけない。そうすることでかなり体制も整い、受診義務も含めて色々な予防法務によりリスクはかなり減らせますし、紛争を予防できる。また起こった時に、次の紛争を早くおさえられるということもあるので、私は予防法務の役割はかなり大きいと思っています。お金にならないと言われますが、戦略的なコンサルティングができれば、それだけでもそれなりにお金になるのではないかと思います。

井上 どうもありがとうございました。

 

<産業保健法学会への期待>

田中 最後に当学会に期待すること、学会が目指すべきことについて一言いただけますでしょうか。

岩出 先ほどもお話ししましたが、弁護士の方も精神衛生の問題や産業衛生の問題についてはもっと知りたいと思っている人は多いのです。とくに労災などに関わってくる弁護士はそうです。現在、船井総合研究所等々も、労災はこれからの弁護士業務の主流になり得るなどと喧伝していますので、関心を持っている人は増えています。そういうところにこちらの学会からもアプローチされて、色々な行動をされると会員も広がるでしょうし、また色々な知見や情報も入ってきて相互に良いシナジーが期待されると思いますので、ぜひ連携を進めていただければと思います。ニーズも絶対にあると思います。私もぜひこうした動きを進めていきたいと思っています。

田中 先生には色々とご指導をいただきながら学会活動を進めていきたいと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

 

 

岩出 誠 様  弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー弁護士
【ご略歴】
昭和44年都立日比谷高校卒業。48年千葉大学人文学部法経学科法律専攻卒業、東京大学大学院法学政治研究科入学(労働法専攻)、司法試験合格。50年同研究科を修了、司法研修所入所。52年同所修了。61年岩出綜合法律事務所を開設。平成8年千葉県女性センター運営委員に就任。10年柏市男女共同参画推進審議会会長に就任(~平成14年3月)。東京簡易裁判所調停委員に就任。13年厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会公益代表委員に就任(~平成19年4月)。ロア・ユナイテッド法律事務所に改組。17年青山学院大学大学院ビジネス法務専攻非常勤講師(労働法)に就任。18年首都大学東京(現・東京都立大学)法科大学院非常勤講師(労働法)、青山学院大学客員教授に各就任任(~平成30年3月)。19年千葉大学法科大学院非常勤講師(労働法)に就任。人事院職員福祉局補償課精神疾患等認定基準研究会委員に就任。20年千葉大学客員教授に就任(~平成29年3月)。22年東京地方裁判所調停委員に就任。厚生労働省「外ぼう障害に係る障害等級の見直しに関する専門検討会」専門委員就任。26年千葉県職員セクハラ・パワハラ相談等処理アドバイザー。30年明治学院大学客員教授就任。令和2年日弁連労働法制委員会委員