Q3:休業手当

Q3 政府・都道府県の要請に応じて、しばらくの間、お店を休業することにしました。この場合、事業主は労働者に対して、休業手当を支給する必要はないと考えてよいでしょうか?また、支給する必要がある場合、賃金の全額を支給しなければならないのでしょうか?正直、資金に全く余裕がありません。

 

A 政府・都道府県の要請に応じてお店を休業したとしても、少なくとも法的には、必ずしも休業手当(労働基準法第26条)の支払い義務を免除されるわけではありません。また、休業手当の金額は、平均賃金の60%以上とする必要があります。法令に定められた平均賃金は、直前3か月間に支払われた給与総額を、その期間の暦日数で割った1日当たりの賃金額なので、実際に計算をしてみるとイメージより少額となることが多いです。労働者との繋がり、モチベーションの維持などを考えれば、それ以上の支払いを検討する必要があるかもしれません。ただ、倒産寸前というほど全く資金に余裕がないとなれば、労働者への丁寧な事情の説明と支払い方法等についての話合いを図る必要があるでしょう。また、資金繰りに関しては、特例による支払いの猶予、融資、助成金の制度がありますのでご検討ください。


【解説】*本論の下に要点補論を加えました。合わせてご参照下さい(2021.2.9)。

1.このような場合の休業手当の支払い義務については、立場の違いにより様々な主張があります。会社側としては、不可抗力なのだから、労働基準法第26条の休業補償を支払う必要もない。仮に支払うとすれば、あくまで会社側の思いやりだという考えになろうかと思います。一方、労働者側としては、労務を提供できる状態なのに、自身に非がない事情で働けないのだから、賃金の100%を求めたいということもあり得ます。労働基準法第26条や民法第536条の解釈、就業規則の記載、個別合意事項、労使の集団的な交渉、会社の状況等により結論は変わってくると思いますが、ここでは先ず、労働基準法第26条の休業手当を支払わなくてよいとされる“不可抗力”について以下で検討します。

 

不可抗力による休業の場合は、事業主は労働者に休業手当を支払う義務はありませんが、そのように認められるためには、次の2つの要件を満たす必要があります。

①その原因が事業の外部より発生した事故であること

②事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること

 

政府・都道府県の要請は、①に該当するものと考えられますが、①についても、キャバレーやナイトクラブのように業種を指定された直接的な休業要請の場合と、居酒屋等、営業時間の短縮を要請され、自主的判断や経営上の問題で結果的に休業になる場合は強度が違います。また、直接的に休業要請されていない業種の場合は①に該当する可能性は低いと考えられます。むろん、一般的に外出自粛を要請されれば、客足は遠のくし、やや風邪気味の労働者などは、事実上、就業させられないことになるでしょうが、労働基準法第26条との関係では、外部要因とまでは認められないように思われます。

また、たとえ①の要件を満たした場合でも、②の要件を満たす必要があります。②については、厚生労働省のQ&Aでも、「自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか」、「労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか」という形で条件の具体化が図られています。例えば、事務系の業務に従事している労働者については、会社のPCを自宅に持ち帰って(または自宅のPCから会社のPCへリモート接続して)在宅勤務をすること等が検討できます。たしかに、セキュリティー管理の事情等から困難もあるでしょうが、それが過剰にわたっていないかは審査されると思われます。また、飲食店等の接客業の場合、接客すべき客がいないのに就労させることは難しいでしょうが、労働者の職務の能力や経験によっては、経理等の事務的作業のほか、OffJT的な研修、メニュー表の作成、新しいメニューの開発等、将来に繋げる仕事をさせることも考えられます。ただ、あくまで経営上の判断に基づき、不必要な業務の指示を求める趣旨ではありません。

 

労働基準法第26条による休業手当の支払いが不要である場合でも、就業規則、労働契約書等に法定水準を上回る休業手当の支払いについて定めがあればそれが優先されます。また、労働者との関係やモチベーションの維持などの経営上の必要ないし戦略から、法定水準を上回る休業手当を支払うことも考えられます。

 

2.資金面での休業対応は、以下の3つの視点で進めることが有効と思われます。

① 支出を止める(税金、厚生年金保険料等の猶予措置、家賃の減額交渉)

② 資金を増やす(融資、特にセーフティネット4号、5号等の利子の有利なもの)

③ 雇用調整助成金(新型コロナウイルスの影響でお店を休業にし、事業主が休業手当を支払った場合等に受給できる可能性があります。)

 

〈問い合わせ先〉

納税の猶予 管轄の税務署(徴収担当)
厚生年金保険料等の猶予 管轄の年金事務所
家賃の減額 貸主や管理会社
融資 民間金融機関、信用保証協会、日本政策金融公庫、商工組合中央金庫等
雇用調整助成金 ・コールセンター

0120‐60‐3999

9時00分~21時00分(土曜・祝日含む)

・ハローワーク助成金事務センター

03‐5337‐7418

9時00分~17時00分(平日)

(〒169-0073 東京都新宿区百人町4-4-1 新宿労働総合庁舎)

・管轄のハローワーク

 

融資については、保証料・利子の減免が受けられる制度として、指定業種で売上が5%以上減少している場合に利用できるセーフティネット5号、売上が20%以上減少している場合に利用できるセーフティネット4号があります。

「雇用調整助成金」については、普段から労働関係の手続をしっかりしていて、規程の整備等も行われている会社は、比較的スムーズに申請できますが、法違反があったりすると通常は申請が受け付けられません。ただし、今回のような緊急事態では、むしろ労働コンプライアンスを果たし難いような余裕のない企業こそが大きな打撃を受け、そのしわ寄せは、そこで就業する労働者に及びがちです。そこで、緊急対応期間中(2020年4月1日から2020年6月30日まで)は、不支給要件から「労働保険料を納付していないこと」や「労働関係法令の違反があること」が、特例として除かれています。むろん、受給に際しては、一定の雇用関係情報の提供を求められ、そこに虚偽申告があれば犯罪となり得ますし、提供した情報に基づいた行政権の行使が行われない保証はありませんが、行政も、緊急事態であることを踏まえた運用は図ると思われます。なお、助成金の額は、現時点では日額8330円が上限とされていますが、今後上限額が変更される可能性もあります。

雇用調整助成金は、申請をしてもすぐには入金されませんが、労働者への休業手当は先に支払う必要があるので、上記①「支出を止める」、②「資金を増やす」とセットで進める方が良いと思われます。受給額は、休業手当の支払いの割合に応じて変動します(休業手当の支払いの割合が高いほど助成率が上がります)が、支給する休業手当が平均賃金の60%以上である必要があること、受給額は、休業時に支払った給与の額ではなく納めている雇用保険料から計算されることを銘記する必要があります。
今回の雇用調整助成金については、遡り申請ができることのほか、様々な添付書面の省略、助成金算定の計算式の追加など、新しいルールが設けられています。特に、小規模事業主向けに申請方法の簡易化が図られており、雇用調整助成金という名称ではあれ、従来のものとは別物と考えて頂く方がスムーズに申請できるように思われます。また、今後も改定が行われるようですので、申請をお考えの方は、厚生労働省の雇用調整助成金のウェブページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html)で最新情報をチェックすることをおすすめします。また、実施の時期や細かいルールは公表されていませんが、雇用調整助成金の申請ができない会社の労働者に対し、国が休業者に平均賃金の8割を直接支給する制度を定める方針だと報道されています。

以上


(参考文献)

1.新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-1

 

2.国税庁 「新型コロナウイルス感染症の影響により 納税が困難な方には猶予制度があります。」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kansensho/pdf/0020003-044_02.pdf

 

3.厚生労働省 「労働保険料等を一時に納付できない方のための猶予制度について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/hoken/yuuyo.html

 

4.日本年金機構 「【事業主の皆様へ】新型コロナウイルス感染症の影響により厚生年金保険料等の納付が困難となった場合の猶予制度について(納付の猶予(特例)に係る内容を追加しました。)」
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2020/202003/20200304.html

 

5.厚生労働省 雇用調整助成金 支給要領
https://www.mhlw.go.jp/content/000627417.pdf

 

〈執筆者〉

山本 喜一(社会保険労務士法人日本人事 代表・特定社会保険労務士)

 

【要点補論】

1 労基法上の休業手当の支払い義務を免れるには、労働者を就業させる努力を相当に尽くす必要がある等、ハードルが高いですが、民法上の賃金保障義務は、就業規則や雇用契約によって免れることができます。また、雇用調整助成金等による公的な救済が図られ、日常的に労働コンプライアンスを充分に果たせていない事業者も受給できるよう、配慮されています。

2 労働基準法第26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と定めています。すなわち、不可抗力による休業の場合は、事業者に休業手当の支払義務はないとしています。しかし、ここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部により発生した事故であること、②事業者が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています[1]

3 事業者が、政府等の要請に基づき労働者を休業させたとしても、必ずしも、休業手当の支払義務が免れるわけではありません。厚生労働省の解釈によれば、事業者として最大限の努力をしてもなお職務の割り当てができない場合に初めて免除されます。例えば、自宅勤務等の方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合に、これを十分検討する等、休業の回避について、通常、事業者として行なうべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法第26条)に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがある旨示されています。新型インフルエンザ等対策特別措置法による対応が取られる中、協力依頼や要請等を受けて営業を自粛し、労働者を休業させる場合であっても、一律に労働基準法に基づく休業手当の支払義務がなくなるものではないことも示されています[2]

4 他方、民法第536条第2項に基づく賃金保障義務を免れるのは、それほど難しくありません。同条は、債権者(この場合使用者)が責任を負うべき事情(帰責事由)によって、債務者(この場合労働者)が働けない場合、債権者には契約上の賃金を全額支払う義務が生じる旨を定めています。しかし、このような場合の賃金保障について、就業規則や雇用契約に定めておけば、そちらが優先しますし、労基法上の休業手当よりは、緩やかに解釈されるので、本条の適用の場面では、政府等からの休業要請に基づく休業であれば、債権者が責任を負うべき事情とは解されないでしょう。

5 以上が法律論上の原則ではありますが、労働者の生活保障やモチベーション維持の観点からは、たとえ休業手当の支払いが不要であっても、労使の話し合いの上、就業規則等により休業にかかる手当を保障することが望まれます[3]。手当の支払いのための資金繰りについては、納税、一部社会保険料の猶予、雇用調整助成金等の公的な支援制度、売上げの減少幅に応じた政策金融制度等を活用できます。

また、雇用調整助成金については、事業者が自主的に休業し、労働者を休業させる場合には、経済上の理由により事業の縮小を余儀なくされたものとして、支給対象となり得る[4]だけでなく、日常的に、労働法コンプライアンスが果たされていない事業者にも支給されるよう、運用上一定の配慮がなされています。

[1] 厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)・令和2年11月13日時点版」4・問1参照。

[2] 前掲註1・厚生労働省4・問7参照。

[3] 前掲註1・厚生労働省4・問8参照。

[4] 前掲註1・厚生労働省4・問8参照。

 

〈執筆者〉

淀川 亮(弁護士法人英知法律事務所・弁護士)

三柴 丈典(近畿大学法学部・教授)