個人事業者に対する安全衛生対策について1
近畿大学法学部教授・日本産業保健法学会副代表理事
三柴 丈典
1. 厚労省での検討会の開催
現在、厚生労働省では、個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会を開催している。ここでの検討は、安衛法の歴史的再編につながる可能性がある。この学会メンバーでは、森晃爾教授と私が委員として参加している。
現段階での論点は、要するに、
①建設アスベスト(神奈川第 1 陣)事件(最 1 小判令和 3 年 5 月 17 日最高裁判所民事判例集 75 巻 5 号 1359 頁)の「趣旨」に対応するため安衛法や関係規則をどう変えれば良いか(判決に直接対応する規則改正は既に実施済み)、
②①を離れて、労働者に近い面を持つ非労働者(以下、「個人事業者等」という)の安全衛生をどこまでどう守るか、
③同じく、個人事業者等の過労・メンタルヘルス等をどこまでどう守るか、
の 3 点に整理されている。②③では、建設業や林業の一人親方のほか、フリーランス、Uber Eats から仕事を得ているギグワーカーなど、労働者的な面を持つ非労働者が多く想定されており、これまでに、林業、建設業、軽トラック運送業の従事者のほか、俳優、イラストレーター等の団体、IT フリーランスの支援団体への意見聴取が行われてきた。このうち、林業と建設業従事者の団体は労働組合だが、軽トラック運送業従事者の団体は、いわゆる赤帽連合であり、中小企業等協同組合法上の協同組合である。この聴取から改めて判明したのは、結局、どんなに細かい議論をしても、就労者が仕事を得られなければ画餅に帰すだろうということと、仕事の配分(による就労者の管理)は、業種業態、仕事の性格などにより、様々なスタイルで行われているということだ。
この検討会設置の直接のきっかけは、①に挙げた建設アスベスト最判(建設アスベスト(神奈川第 1 陣)事件最 1 小判令和 3 年 5 月 17 日最高裁判所民事判例集 75 巻5 号 1359 頁)であり、これは、建設業でアスベスト作業に従事して中皮腫や肺がん等に罹患した者らが、建材メーカーによる有害性情報提供の不備のほか、国による規制等の対応(アスベストの危険性のラベルによる表示や掲示の義務づけ、保護具使用の指導監督等)の遅れを指摘して、損害賠償請求をした事案を審査したものである。同様の集団訴訟が全国 8 カ所で提起された。被災して訴えを起こした者の中には一人親方もおり、特に、安衛法は一人親方を守る法律かが鋭く問われた。最高裁は、安衛法は、基本的には労働者保護を図る法律だが、物の危険性に着目した規制や職場環境整備に関する規制の保護対象は、有害物質を扱う作業場で作業に従事する者のほか、規制によってはその場に出入りする者にも及ぶ旨を述べた。
筆者は、行政が安衛法を労働者保護の法律と捉えてきたこと、アスベストがいろんな意味で便利な建材であり、関係者間の調整に困難を伴う中、折々の有害性情報を踏まえ、通達等で事業者らが講じるべき対策を強化してきたこと(このこと自体は最高裁も認めている)等を承知している。行政としては、折々に最善を尽くした認識であることを承知している。
思うに、最判は、管轄行政の「落ち度」を認めたというより、安衛法の問題点を指摘し、再編を促そうとしたのではないか2。つまり、一方では、建設労働等での偽装請負が伝統的に当然化し、昨今は、デジタルプラットフォーム、フリーランスなどの形態で労働者的な面を持つ自営業者が増加している状況、他方では、安衛法が、労働法でありながら、労災防止という目的志向の法律であり、経営法や環境法的な性格を持っていることを踏まえ、まずは保護対象について、広めの解釈が必要と考えたのではないかと思われる。であれば、これに異論を唱えるより、活用する発想が重要であり、この検討会は、まさにそれを図ったものともいえる。
2. 諸外国の法制度
では、個人事業者等の安全衛生について、諸外国の法制度はどのように対応しているのか。
EU 諸国では、徐々にギグワーカーの安全衛生について、法整備が進んでいるようだ。
https://osha.europa.eu/en/publications/spain-riders-law-new-regulation- digital-platform-work
日本の安衛法に大きな影響を与えてきた UK の労働安全衛生法典(HSWA:Health and Safety at Work etc. Act 1974)は、安全(safety)・衛生(health)・快適性(welfare)の全てにわたり、雇用者に限らず、リスクを生み出す者(就業条件を支配管理する者のように、リスク関連情報を持ち、リスクを管理できる者を含む)を広く名宛人(義務づけの対象)として、自ら雇用する労働者のほか、その活動の影響を受ける者全てを保護するために、合理的に実行可能な措置を求める罰則付きの一般条項を置いている(第 2 条~第 7 条等)。法違反には多額の罰金を科す定めを置き、現に運用している。例えば第 3 条第 1 項は、雇用者に対して、同人と「雇用関係にない者」の安全衛生も確保する一般的な義務を課している(第 3 条第 1 項)。「雇用関係にない者」には、自営業者(self-employed person)や訪問者も含まれる3。他方、自営業者に対しても、自身とその活動の影響を受ける者の安全衛生確保の義務を課している(第 3 条第 2項)。建設業の発注者や設計者には、CDM:Construction Design and Management Regulations 2015 で、安全衛生に配慮した発注や設計を行うべきこと等が定められ、自営業者、ギグワーカー向けにも、拘束力はないが、簡単なガイダンスは発せられている。なお、Uber からアルゴリズム管理を受ける配送人については、彼らを手配する者(プラットフォーマー)の管理が強く及ぶことから、employee ではなくても、 worker には当たるとする最高裁の判決が下されている(Uber BV and others v Aslam and others [2021] UKSC 5 etc.)。ここで、worker とは、被用者と自営業者の中間的概念で、彼国の主要な労働法である the Employment Rights Act of 1996(雇用権法)と the Equality Act of 2010(平等法)上の概念である(それらの適用は受けるが、それ以外の適用を受けるとは限らない)。よって、最低賃金や年休制度等の基本的な権利の保障は及び、労働問題を専門に扱う労働審判所の管轄も及ぶことは明らかになった。worker であれば、概ね、HSWA の保護も受けることとなろう。
もっとも、現在、世界で最も革新的な法制度を持つのはオーストラリアであろう。オーストラリアの労働安全衛生法典(WHS Act:Work Health and Safety Act of2011)第 19 条は、使用者(employer)ではなく、事業を営む者(person who conducts a business or undertaking:PCBU)を名宛人として、合理的に可能な限り(so far as is reasonably practicable:これについては、第 18 条で、リスクの大きさ、リスク軽減策の実行可能性、それについての認識可能性等を考慮する旨定められている)、彼/彼女らの事業のために/に関わる業務を行う全ての就労者(worker)の安全衛生を確保せねばならない、と定めている。
ここで、PCBU には、個人と法人の両者が該当し、フランチャイザー、元請、サプライチェーンの川上の販売者などが広く含まれる。下請をする自営業者は、PCBU と就労者を兼ねる可能性がある。就労者(worker)には、立場を問わず、PCBU のために業務を遂行する者が広く該当し、請負人、請負人の被用者等が含まれる。就労者は、不特定の PCBU のための業務遂行者でも良いので、サプライチェーンの川下で就労する者等も該当する4。
クラウドワークのように、デジタルプラットフォーマーが、顧客(end-user)と就労者の媒体を果たしているようなケースでの判断は難しいが、この領域で国際的に影響力を持つ同国の Johnstone 教授は、関係者間の取り決め(arrangement)と当該媒体と就労者の間の実際の関係により、適用の如何が決まるとする。
PCBU がなすべき措置については、一般的なリスク管理措置(第 17 条)のほか、各事業の性質(職場、設備、有害物のありよう等)に応じた危害防止措置(第 20~26条)が定められている。
就労者自身はもちろん、作業場(workplace)に出入りする他者も、①自身の安全衛生の確保、②他者への危害の防止、③PCBU からの合理的な指示(instruction)の遵守、④PCBU による安全衛生施策・手順との協働(co-operate)、を義務づけられている(第 28 条)。この際、作業場(workplace)は、事業が行われ、就労者が業務上訪れるか訪れる可能性がある場所の全てを意味する(第 8 条)。
また、同法は、worker が連帯して結成するwork group に労働組合と同様の権限と、 PCBU による活動費用の支給等を保障している。Work group は、安全衛生代表(HSR)を選出し、同代表は、PCBU の安全衛生活動を監視する。PCBU の役員ら上級幹部には重い管理責任が課されており、安全衛生監督官には安全衛生の実現のための広い裁量が与えられている。
法違反の罰金額は高く、重大なリスクについての重過失だと、最高 300 万オーストラリアドル(日本円で約 2 億 8000 万円)にのぼる。
本法も、UK の HSWA の影響を強く受けているが、現代のビジネスモデルのスピーディーな変化に際して、頻繁な法改正をしなくても済むように、との考え方で専門家が合意し、適用範囲が広く、ラディカルな法制度を構築したのだという。
しかし、Deliveroo というプラットフォーマーから、交渉単位の区割り等、法の技術的な面を突いた激しい抵抗に遭っているほか、監督行政機関が、業務の仕組み(少ない人員でのデジタル人事管理やアルゴリズム管理)そのものへの介入に消極姿勢である等の問題を生じているという。
3. 日本法の特徴と制度改正の展望
日本には日本の脈絡があり、いきなり英豪のようにはならないし、それが良いとも 限らない。日本法の特徴はソフトロー・アプローチであり、新たな問題が生じても、ただちにラディカルな立法は行わない。よく探せば関連する法律はあることが多い。しかし、それらも、抽象的で強制力に乏しいものであることが多いので、それらの規制で緩く問題を包囲しておいて、よほど悪質な事例が現れ、訴訟化すれば、裁判所がその趣旨を汲み、柔軟な法解釈をして、加害者に責任を負わせる。すると、遅まきながら立法に結びつく、というようなパターンである。通常は、法より文化の支配が強い国のなせる技かと思う。少なくとも雇用に関する限り、日本において、法は、労働者や顧客、世間、市場の評価、事業者の良識や考え方などと「共に」事業者の行動を規制するものであって、その他の要素が全て法と矛盾すれば、ほぼ確実に破られる。その点、日本ではまだ、この問題はさほど社会的に深刻に捉えられていない感じがする。被災件数の多寡以前に、あまり「かわいそう」だと思われていない観がある。
アルゴリズム管理で悲惨な交通事故が多発するなどすれば、一気に議論が加速する可能性はある。
現在の日本で、「抽象的で強制力に乏しい」が、個人事業者等の安全衛生に貢献でき そうな関連法といえば、家内労働法、中小企業協同組合法であろう。家内労働法は、内職者用の法律だが、仕事の委託者に受託者の安全衛生管理責任の一部を担わせた点、管理のための手帳で受託者の就労に関する幅広い条件の管理を委託者に求めた点、受 託者自身の努力を求めた点等は参考になる。中小企業等協同組合法は、個々では非力 な中小企業者の連帯による相互扶助と交渉力の強化等を図ろうとした点は参考にな る。しかし、いずれも強制力が弱いし、家内労働法の場合、想定が古すぎる。いずれ も、改正しなければ、現代的な個人事業者等への直接的な適用は難しいだろう。その 他の労働法、経済法にも、かゆいところに手が届くものはない。
ほぼ唯一、民事上の安全配慮義務だけが、直接適用できる可能性が高いが、実際には、相当重篤な災害が生じない限り、活用されないだろう。
筆者は、安全衛生問題については、就労者を労働者とするか否かの議論を離れて対策を進めるか、安全衛生問題に限って労働者として扱うかのいずれかで対応すべきと述べたが、 議論はまだ始まったばかりである。
なお、筆者のより詳しい考えは、三柴丈典=倉重公太朗、中澤祥子「ギグワーカーの安全衛生に関する法的保護のあり方について~日本の状況と展望~」産業保健法学会誌第 1 巻第 2 号所収予定に示している。そこでは、産業医の活用にも触れている。
1 本稿の内容は、概ね、三柴丈典=倉重公太朗、中澤祥子「ギグワーカーの安全衛生に関する法的保護のあり方について~日本の状況と展望~」産業保健法学会誌第 1 巻第 2 号所収予定に拠っている。
2 事案の性格から被災者救済の必要を優先したともいえようが、①賠償金を得られなくても、②労災補償や③アスベスト給付金を得られ(両者は併給される)、②③と①は相殺されるので、実質的意味は乏しい。
3 Selwyn.N.,& Moore.R. 2015. The Law of Health and Safety at Work. London: Wolter Kluwer, 117-118.
4 Bluff,Liz, Johnstone,Richard, Quinlan,Michael 2022. “Regulating health and safety in work for digital labour platforms in Australia: The example of food deliverers” Journal of Occupational Health Law 1(1) ; Johnstone, Richard. 2019. “Regulating Work Health and Safety in Multilateral Business Arrangements.” Australian Journal of Labour Law 32(1): 44-51.