日本労働組合総連合会 漆原肇様にインタビューを行いました
学会広報委員会
産業保健はもともと学際的な領域で、産業医は法律的な問題と常に関わり合いがあります。このたび、働く人の健康に法律的な立場からアプローチする学会が立ち上がりました。異なる分野の専門家が集まり、労使当事者も参加して議論する場になることをめざしています。
連合様は、労働者の健康に関して、どのような課題があるとのご認識でしょうか。
日本労働組合総連合会(以下、連合) 漆原様
世界的に見ても、産業労使は、労働災害や労働者の疾病を未然に防ぐことが望ましいということで一致できます。一方で、企業規模が小さかったり、設立間もない企業では、労働者の安全や健康をどのように守ればよいのか、労使共に分からないことが少なくありません。メンタルヘルス対策についても、中小企業では、メンタルヘルス不調になった場合、労働者は休職せずに退職してしまうケースも少なくありません。
フランスでも自殺率が高く、その解決が長年の課題になっていましたが、50人未満の事業場でも産業保健サービスが得られる国のシステムが作られました。労働者にとって、企業規模によらずメンタルヘルス対策を受けられることは重要であり、海外の事例で見習うべきことは、わが国にも取り入れていくべきと考えます。
学会広報委員会
大きな枠組みで、すべての働く人が適切なサービスを、すべての経営者が適切なアドバイスをもらえる体制をどうやって作っていくか、ということですね。海外の情報も取って、各国の創意工夫を勉強すれば、日本にも取り入れられるかもしれません。
特に今、優先的に解決しなければならないのは、どのような課題だと思われますか。
連合 漆原様
「あいまいな雇用」と言われる、雇用に近い働き方ですが、形式上では請負とされる者には、安全衛生教育の義務もありませんし、労災保険の加入義務もかかりません。セーフティーネットがなく働いている者に、どうやって安全対策や健康対策をしていくかが今後の大きな課題です。現在の法制度では対応が難しい問題です。建設業界でも、関係請負人に災害が発生して初めて現場の安全管理体制が不十分だったことが判明する事例も少なくないと聞いています。「あいまいな雇用」が増加しているといわれる中で、今の法制度で担保できていないところについても、検討が必要ではないでしょうか。
学会広報委員会
雇用関係に伴う管理が及ばないという課題ですね。安衛法は事業者を中心に書いてあるけれども、発注者はどうなのか。契約において従属的な関係にある下請けで働いている人をどうするか。枠組みそのものについて提言が求められるということですね。
高齢化や技術革新が進んでいくという、あらがえない変化への問題意識はいかがでしょうか。
連合 漆原様
高齢労働者の安全について、現業が非現業かによっても対応が異なる場合もありますが、いずれにしても、就労を希望する者が安心して働き続けられる労働環境が必要です。障がい者への合理的配慮と同様に、高齢者も配慮を受けられれば働き続けることができます。また、本人に加え、家族の高齢化もあるため、本人の病気や家族の介護をしながらでも働き続けられるような就業規則も必要です。ハードとソフトの両面で、このような下地作りが重要です。
学会広報委員会
高齢者にとって働きやすい職場は若い人にとっても働きやすいことになる。ユニバーサルにやっていくということですね。
連合 漆原様
そのときに必要なことは、高齢者で就労する者の声が届くかどうかです。どんな対策があれば働きやすいのかは、高齢者本人から意見を集めることが重要ではないでしょうか。これは、障がい者の就労でも同様です。高齢者の視点からのリスクアセスメントをしないと、若い人だけでは気付かないリスクが残存してしまうおそれがあります。
別の話ですが、AIやIoTなど急速な技術革新を受け、法律が技術に追いついていかない部分も課題となると思われます。さらに、化学物質も多くの未規制の物質があるうえ、新しい物質がどんどん生まれています。現場で使われる化学物質の危険性やばく露限界値が不明であったら、対策がなされない場合もあるでしょう。また、ばく露情報が無かったら、将来、仮にがんになったときにその物質との因果関係を分析する情報がないことになります。未規制の物質も多い中、長期的に見た人体への影響に関する適正な情報をどれだけ集め、どのように対応すべきかという法整備は、これから議論していなかければなりません。
中小企業において、高度に専門的なインダストリアル・ハイジニストに月1回来てもらうことは経済的に難しいかもしれません。では、どういう資格の者が対応すべきか。大量に化学物質を扱っているところでは専門性の高い者が必要ですが、清掃業や建築業などの末端のユーザー企業で化学物質の管理をどうしていくのかも、規定していくことが重要でしょう。
学会広報委員会
担い手となる人材を育成し、増やしていくことと、制度を作ってそういった人材を活用すること。この両輪を進めていく必要がありますね。
働く人の健康に関わる問題は、責任論で決着をつけることが難しく、当事者同士で試行錯誤するしかないのではないか、議論してやっていこうというのが、本学会の方針です。しかし、相互に対等でないと議論が成り立ちません。労使間の議論に専門家が関わる、それが成り立つ場はありますでしょうか。
連合 漆原様
議論すべきテーマが決まっている政府の審議会とは別に、これまでは、企業を超えて労使で自由闊達に安全衛生について議論ができる場がなかったかもしれません。
組合も企業文化などの影響を受けている部分もありますし、安全衛生や健康に関することは、会社側が責任をもって取り組むこととして、組合の中でも優先順位が必ずしも高くない場合があります。連合としても、加盟組織への情報発信をより強化していきます。
会社が持っているリスク情報が現場に伝わっていないこともありますが、そもそも会社がリスク情報を把握していないこともあるでしょう。いずれにしても、現場の情報やニーズが上に伝わらなければ、現状を変えることも難しいため、安全衛生にはボトムアップによる情報集約が重要ですし、もっと議論する場が必要かもしれません。
学会広報委員会
組合の側では、安全衛生や健康の問題の優先順位を上げていく取組みはされているでしょうか。企業も、いい産業医を経験しないと、産業医への期待すら出て来ません。こんなサービスがあるんだ、こんなに助かるんだということを経験しないと、イメージが出来ないのではないでしょうか。
連合 漆原様
組合といっても、労災の発生状況や製造業・非製造業、企業規模により、良いか悪いかは別にして、安全への対応がまちまちです。労働災害の種類や、メンタルヘルス不調の発生状況も企業によっても異なります。連合としても社会に安全文化が根付くよう取り組んでいます。
これまでも組合独自で安全衛生対策を積極的に取り組むところもありますし、連合も電話やLINEによる「なんでも労働相談」を展開しており、ここに相談していただければ、安全衛生対策や労災なども受け付けます。必要に応じて弁護士につなぐこともあります。組合組織がないところからの相談にも対応しています。ただ、問題が発生した後のことが多く、予防の段階で活用してもらうことが難しいのです。
学会広報委員会
この学会はかなり広いテーマを扱わなければならないことがわかりました。他にも期待されることはありますか。
連合 漆原様
法律を超えて労使が自主的に対応することや、現場のリスクやストレスを事前に把握して災害や疾病の発生を未然に防ぐ予防の仕組みについて、情報発信や提言を期待しています。そして、法制度ができた後のPDCAを回し、法律の効果の検証をしていただきたいです。
また、労働安全衛生法を超えた「あいまいな雇用」への対応も。さらに、冒頭のフランスは、週35時間労働制ですが、裁量労働制も増えるなど、自殺率も高い状況です。わが国も、100時間、80時間の上限規制だけでなく、ハラスメント対策の強化など、過労自殺を防ぐための次のステップに関する検討も重要だと思っています。
漆原 肇様 日本労働組合総連合会 労働法制局 局長
【ご略歴】
2001年4月日本労働組合総連合会に入職。国際局、最低賃金事務局、社会政策局東京連合会等での勤務をされ、2018年10月より現職。