日本産業保健法学会 広報委員会ディスカッション 第2回 (広報 on HP)

先日行われた産業保健法学研究会(本学会の前身団体。以下、産保法研)メンバーへのアンケート結果をもとに、本学会の広報委員5名がディスカッションを行いました。
産保法研の講座の受講生や講師でもあった5名が、本学会の来し方行く末について本音トークをしています。
3回に分けてご紹介しており、今回は第2回目です。

参加者: 森本英樹(森本産業医事務所、産業医・社会保険労務士)
彌冨美奈子(株式会社SUMCO統括産業医)
中辻めぐみ(社会保険労務士法人中村・中辻事務所、社会保険労務士)
五十嵐侑(五十嵐労働衛生コンサルティング、産業医)
井上洋一(愛三西尾法律事務所、弁護士・中小企業診断士)

●Q2「産保法研での受講にはどのような効果があったと考えられますか?」について

― 井上
内容的な部分にも入りつつありますので、Q2に移りたいと思います。

産保法研主宰の三柴先生のリクエストで加えたもので、三柴先生としては産保法研の教育効果を測りたいという意図があったようです。
多かったのは②「問題解決を行う上での自信となった」とか、④「他職種と連携するための知識が身に付いた」でした。
本当は②じゃなくて①「問題解決を行うことができた」が、④じゃなくて③「他職種と連携できるようになった」が一番多くないと効果測定としては不十分だと思いました。
どうすれば②から①に、④から③に行くのかという点が、本学会の課題かなと思います。
産保法研に参加したことによって得られたアドバンテージについて、先生方はどのように考えられますでしょうか。

― 彌冨
私自身以前は何となく「これでいいのかな」って悩みつつ事例の対応に当たっていましたが、産保法研の講義を受けて、頭の中で考え方の整理が出来たっていうことが一番有り難かったです。
道筋をしっかりと追えるようになったというのが、自分では大きかったと思います。
受講して間もない方は、②「自信となった」④「知識が身に付いた」が多いと思いますが、しばらく実践を重ねることで、その上の①や③に繋がってくると思います。
効果測定にはもう少し時間が必要で、この後またアンケートをすると、実践を重ねて①や③が増える結果になるのではと思いました。

― 井上
本学会等で継続して学びと実践を重ねていくことが大事っていうことですね。

― 五十嵐
産保法研の存在価値としては、産業保健職にとって、法令や労働判例を駆使していくことが必要な能力として領域が開拓されたという感じがあり、勉強する場所があって、そこに専門家がいてつながることができる場ができたことが大きいと思っています。
「手続的理性」という言葉が共通言語となり、普通に産業保健職同士で議論ができるっていうだけですごく大きな価値があります。
受講の効果というわけではないのですが、そこにひとつ学会や研修会ができたことは、パラダイムシフトになったと思います。

― 井上
共通言語ができると、他職種と連携する上でも何かのサイクルを回していく上でも、すごく大切なツールになりますものね。

― 森本
私は、医者をやって3年目のときに、就業規則や労働安全衛生法の理解をもっと深めたいと思って、社労士の資格を取りました。
その勉強をしていく中で 体系的な知識を身に付けることが大切だなと思いました。
必要性に応じて勉強していくことも重要ですが、それだけだと穴がどこかに出来てしまうことも多いです。
体系的に労働安全衛生法1条から逐条で覚えていく勉強をする中で、こことここがこう関連するんだっていうのが分かってくる。
頭の中でリンクが貼られていくので、変な見落としがなくなってくるんです。
二つ目がやっぱり他職種と連携がすごくしやすくなります。
どの専門職もそうですが、専門職はその分野のことは全て知ってるプロフェッショナルなんでしょうって思われる。
でも、実際はそのプロフェッショナルはその分野の中でもっと細分化している。
医者だと分かりやすくて、「何科の専門ですか」となるけど、外から見ると弁護士って法律は全部知ってるんでしょうと思われがちで、社労士も社会保険や労働問題のことは全部知っているんでしょうと思われてしまう。
でも、実際は、社労士でも、労働法が得意な人から社会保険法が得意な人、年金が得意な人と分かれている。
例えば、社労士で労基法の解釈といったらこの人だよねって。
産保法研の活動で、プロの中のさらにプロと接点が持てたということはすごく大きかったです。
私は産保法研や産業保健法学会ができてすごくいいなと思ってて、私がすごい大変な思いをしながら、めちゃくちゃボリュームの多い勉強をしたのが、もう少しエッセンスを絞って勉強することができるようになるし、いろんな多職種が勉強会に集まることで、知り合う接点がすごくやりやすくなったことがあるので、ずいぶん効率的になるんじゃないかなって期待しています。

― 中辻
回答に②が多かったことに関して、社労士の立場で申し上げますと、実際の事案として①につながる案件が少なかったのではないかと思います。
社労士の業界では、1号・2号業務といわれる書類作成や提出代行が約8割を占めているのが実態です。
わたしの会社では反対に3号業務といわれる労務コンサルタントが8割を占めているのですが、今後、①を増やしていくためには、労務コンサルタントにも強みを持っているということを各自が伝えていく必要があるのではないでしょうか。
そのようなコンサルタント業務を実践していくと、弁護士や産業保健スタッフとの連携が非常に重要だということがわかります。
企業の問題解決のためには、多くの方と手を携えていかないと解決できないので、実践あるのみと思っています。

― 五十嵐
産業保健のプロフェッショナルというのは、リスクテイクできることが一つのスキルとしてあると思います。
リスクの中身をしっかり捉えきれずに、何となく怖いという話だと、「何かあったらどうするんだ」病にかかってしまうんです。
ワクチンの話もそうなんですけど、「何かあったらどうするんだ」ではなくて、こうこうこういうリスクがあるよねって説明できると、しっかりそこに対して措置ができるし、リスクテイクできる。
だから、⑥の「リスクを考慮」と関連して、「訴えられたらどうするんだ」ということで、訳も分からず怖がっていたことを克服できたっていうのは専門職として大きかったと思います。

●Q3「日本の産業保健・労働安全衛生における課題のうち、最も優先度の高いと感じるものは?」について

― 井上
Q3は、「急速な時代の変化に法が速やかに対応できていない」「非正規労働者等への産業保健サービスが不十分」ということで、深さにおいても幅においても法の不備や規範の不在、ルールがないということが目立つというご指摘なのかなと思いました。
この法の不備という問題意識については、先生方がどのようにお考えになりますか。

― 彌冨
今、井上先生がおっしゃった法の不備ですが、一方で、②の「急速な時代の変化に法が速やかに対応できていない」というのは、法で細かく制限をかけようとするほど重くなって、時代に柔軟に対応しづらくなるのかなと思います。
急速に変化する時代について行くためには、逆にシンプルな方がより柔軟に対応できるかもしれないと感じます。
この点では、いろいろな問題があると思いますので、諸外国、特にEU等ではどういう形で進んでいるのかというところに思いをはせております。

― 五十嵐
法律が古く、例えば分散型事業所の問題などの、色々なことに適応してないです。
色々付け加えてはいるものの、古い法律を変えていないのはどうなのかということと、今彌冨先生がおっしゃったことに近いのですが、もうそろそろ法令遵守型ではなくて、自律型の産業保健が求められていると感じます。
何でもかんでも法律で決めるっていう時代ではないのかなって思っています。
一方で、法令違反をしても見逃される、注意だけで終わるというこの国のあり方もどうなのかと思います。
イケてない法律もそうだし、イケてない法律すら守らせていない行政側もどうなのかと懸念しています。
その中で、労働者側が高いハードルを越えて訴訟をしたところで大したメリットもない。
労働安全のメインの主体は労使のはずですが、企業のカウンターパートである労働者側が弱いという印象があって、無法地帯に近くなっている状況もあるんじゃないかと思います。
安全衛生って少しずつ進んでいるものの、本質的に前進しているんだろうか、産業医に色々な役割を担わせようとしてるけど、本当にそれだけでいいのかなと思ったりしています。

― 中辻
②については、その通りで、今回のコロナ禍の中でも、実際の対応に苦慮しています。
また④に関しても、法違反を犯しても、厳しく罰することができていない実態があることを感じています。
一方で、リソースもない、法的な知識も乏しい中小零細企業への対応に関して、どうすべきなのかと考える部分もあります。
日本企業の9割が中小企業ですから、ここで働く人の労働安全衛生はどうなるんだろうと思います。

― 森本
私はこの部分は本当に悩ましくて、まだ自分の中で全然答えが出ていない分野です。
労働安全衛生法って血塗られた法律という言い方をよくしますけど、労働者が事故で命を失うとか大きな障害を負うことで進んできた法律という側面があります。
しかし、日本全体の労災の件数というのは明らかに減ってきてるのも事実で、今までの労働法制が無能だったわけでもないし、実績がなかったわけでもない。
しっかり有効であって成果も出てきたっていうのは事実でもあるんです。
ただ、例えば最近でいうと、ギグワーカーみたいな個人事業主がどんどん拡大している中のひずみに、法律が追いついてない部分もたくさんあって、そこをどうしていくのかという問題があります。
これは海外ではどうしているのかってすごく興味があります。
ただ、海外でやってるから日本もやりますというだけなのも違うと思っていて、日本はこういう規制をやるんだけど、世界もついてこいくらいの形があっても良いという気持ちもあります。
こういった法の不備にどうやってパッチを当てて行けばいいのかというのは、自分の中で答えがないですが、産業保健法学会の場が一つのきっかけになったらいいなと思っています。

― 井上
法の不備の問題はありますが、だからといって上から細かい法律を押し付けられてもかえって現場は動きにくくなるというご指摘はその通りだと思います。
法の不備を意識しつつ、この学会で新しい法を自分たちで作っていく、法律を自分たちで使いこなせるようになるという方向を目指したいですね。